電圧・電流とは、自然世界におけるどの様な物理量を表現した技術概念か?電気量か?その意味を考究してみよう。初めにお断りさせて頂きます。ここで述べる解釈論は、余りにも現代の学問体系から学問として認められた自然科学理論とは異なる論である。所謂科学論としての常識と真っ向から異なる論であることをお断りさせて頂きます。
電圧と電流、これほど日常生活で馴染みの深い科学用語もなかろう。現代社会生活を営む上で、誰もが知っている用語だ。それは電気エネルギー消費の生活基盤となっているから、常に意識して生活している科学技術用語だ。
その単位がボルト[V] とアンペア[A]であり、その意味を誰もが知っている。だから電気技術、電気回路論で共通に理解し合える訳で、実生活で欠くことのできない科学技術用語・概念である。今から200年~150年ほど前に、世界的な合意の下で完成した用語であり、その御蔭でここまで豊かな科学技術の世界を享受できる事になっているのだ。西洋文明の御蔭だ。
しかし、不思議な事にその用語と単位の意味を殆どの人が、的確に把握できていないのである。その訳が驚くべきことに、物理学理論が極めて曖昧な論理で科学用語を創り出して来た、その長い過去の歴史的な科学研究の世界に原因があるのだ。と言う事は、現代物理学理論を構築してきた科学者の皆さんが、『電荷』、『電子』によって自然現象を科学的な論理で矛盾なく理解できるとお考えになって来られた結果だと言う事になる。そんな事がある訳は無いと、誰も信じたくないであろう。しかし、残念乍らそれが本当の事なんだ。どうか電気回路での『電子』の機能を考えてみてください。電気回路で、電源から『電子』がどの様な機能で『エネルギー』を負荷に伝送するのか?どんな機能を発揮して、電源内から『エネルギー』を負荷に届けるのか?その『エネルギー』の伝送の理屈を明確に示し得るかどうかに掛かっているのだ。しかし、『電子』は電気回路で、『エネルギー』の伝送機能など全く発揮できない仮想概念であったのだ。
上に述べた不可解な意味が科学研究の、正にその中に在ると言う意味を中々御理解頂けないかも知れない。即ち、科学技術文明の社会的意義とその基礎理論の間に得も言われぬ不可解さがあると言う事なのだ。
最も重大な誤りは、自然世界に実在しない『電荷』が存在すると解釈した事である。その『電荷』概念に基づく抽象粒子『電子』と『陽子』などを創造してしまった事だ。『正』と『負』の『電荷』間にどのような空間的作用力が働くかの論理的蓋然性もなく、クーロンの法則と言う解釈論に従った『力』を論拠に構築した結果にその原因があると考える。
電圧・電流と言うと、そこには長く習慣的な科学法則に習熟した頭脳の蓄積知識に基づき、無意識に『電荷』が頭の中に呼び起されることだ。それ程科学理論の論理的解釈概念に『電荷』が強く植え付けられてしまったのだ。教科書が『電荷』、『電子』と言う抽象的な構築概念によって構成されているから、そこの問題をどの様に構築し直すかに、現代的科学理論の再構築の喫緊の社会的課題が突き付けられているのだ。基礎から科学理論の論理性を再検討すべき学会の問題に掛かっているのだ。科学技術開発とは異なる、子供達に対する大人の真摯な教育に対する社会的責任として考えなければならない問題の筈だ。
このような基礎概念『電荷』や『電子』は、実際には有っても無くても、科学技術の開発研究競争には、ほとんど無関係の事なんだ。ジェット機が飛び、ドローンが様々の状況の調査に活躍し、工場の生産機能は複雑なロボットの働きに因って高度な生産性を実現してきた。決して『電子』などがどの様に流れるか流れないか等、実際の技術開発においては『電子』の存在など全く関りが無いにも拘らず、学校教育において、教科書ではとても重要な基礎であるかの如くに解説されている。記憶して置くべき重要な科学理論の根幹を成す基礎情報となっているのだ。金属銅線を繋げば、そこを電流が流れて、回路動作が設計通りに働くのだ。電線の金属導体内を流れるものなど何も無いにも拘らず、全く『電子』など流れる必要もないにも拘らず、物理学基礎教育では『電荷』や『電子』の必要性が特別に詳しく取り上げられる。この電気回路で、『電流』が流れる理屈は無いと確信したのが、1987年8月5日であった。その研究界での発表は(1987年10月8日)巻末〈資料〉。この時は既に、電磁エネルギーと言う物理量が空間を流れていると、何の違和感もなく当たり前の事と認識していた。
それにしても、電圧と言う概念はとても便利な、利用価値の高い計測量であることには間違いないのだ。電圧は電圧計で測定できる数値量である。同じく電流と言う概念量も電流計で測定できる数値量で、それ無しに電気技術理論は成立しない。この計器で測定できると言う点で際立って、実社会における共通理解の概念量として有意義であるのだ。しかし電流が『電荷』の時間での微分値と言う定義量に成っているところが大変悩ましいことになる。電流の単位アンペア[A] =[C/s}と言う『電荷』との関係で定義されて、MKSAの単位系の基本となっているから。だから、『電荷』を否定するような、物理学理論の根幹を否定するような論法の解釈論は、科学論として理解されるにはとても大きな壁に立ちはだかれる訳で、とても悩ましいことになって来る筈だ。だから科学理論と言う研究内容としては桁外れの領域のものになるのだろう。誰もが反感を抱きそうな内容・論法になるから。
もう一つの重大な誤りは、『エネルギー』と『エネルギーギャップ』の空間的その像の認識が無いと言う点である。その代わりに、『電荷』概念を取り入れてしまったところに、物理学理論の論理的混乱の原因があると解釈する。
この『エネルギー』の空間概念を認識できない科学理論、物理学理論を野放しにしたまま科学技術研究等と言う、大学教育を進めて良いものだろうか。大学は企業研究とは経済的競争と言う面から異なる学問的責任があると思う。技術研究の場で、回路を流れる電流と言う用語は、必ず『電荷』の流れと言う物理学理論の基本から意識が離れない。それでは『電荷』が導線内を流れると、負荷までその『電荷』はどの様な機能を発揮すると言うのか?など詳しい論理的な意味を誰も考えないのか。とても曖昧な解釈論で済ませてしまっているのだ。
電圧・電流と『空間エネルギー』
電圧も電流も、その科学技術概念を、もはや『電荷』概念で解釈できるような物理量ではないのだ。自然世界に現実に実在する、『エネルギー』を認識しない科学理論が矛盾なく、この自然世界を解釈できるような事は不可能な事だと知るべきだ。電圧も電流も、金属導体で囲まれた空間内での『エネルギー』の状態を解釈する技術概念であったのだ。『電荷』など全くの仮想概念で、少なくとも電気回路現象ではその存在価値など何も無いのだ。『エネルギー』と言う見ることも、その空間分布を測定することも出来ない、全く新しく認識すべき物理量『エネルギー』の空間像で、電圧も電流も認識しなければならない時代になったのだ。
電圧とエネルギー
今まで『電荷』で解釈してきた電圧の意味が、『電荷』でなく見えない『エネルギー』の分布模様で解釈すべきものとなった。電線を空間に張れば、その電線間にはある空間構造が形成される。その空間構造は、導体の形状である貯蔵機能容量[F]値が決まる。その電線の1[m]当たりの空間の解釈法として静電容量[F/m]で捉える手法が有効である。この過去の手法での『静電』という意味は全く無い。静電と言う言葉は、コンデンサの過去の解釈法の意味と関係付けただけである。コンデンサで貯蔵するのは『エネルギー』以外無いのだ。静電荷など全く無意味な概念なのだ。だから空間の貯蔵できるという意味でエネルギー容量とでも表現すれば、実際の意味に近い用語になる。
更に、同様に エネルギー慣性 L[H/m] という意味で今までのインダクタンスを表現した。エネルギー慣性と言う訳は、インダクタンスLは『エネルギー』の流れを抑制する機能である。光の光速度の意味は、空間を流れるエネルギーに慣性的な流れを抑制する空間構造の機能がある、それを今までインダクタンスL[H]と言う表現で捉えていた訳である。エネルギーの流れを抑制する意味で、力学の質量に対する慣性に似た意味でその特性をエネルギー慣性定数L[H/m]と表現した。
『エネルギー』と言う物理量の特性。それは空間に不均等に分布する基本的特性を持っている。更に物質にはその物質特有の他の物質との接触間に基本的に、『エネルギー』のギャップが生じる。例えば、半導体の PN 接合間には差が生じる。電圧をその極性でプラス、マイナスで捉える評価法が一般だ。そのマイナス側が『エネルギー』の高分布側である。プラス側はエネルギーの無い側に成る。図の青色で表現した『エネルギー』の密度分布を科学的測定での検証はできない。この分布勾配の強さが、いわゆる電界の強度になる。
電流とエネルギー
電流と言う大切な電気回路理論の概念量のアンペア I[A]は何を捉えた物理量かと言えば、それも電線路の空間を流れる『エネルギー』の量を捉えたものだった。回路にはその構造から決まるエネルギー伝送特性を決める特性インピーダンスZo[Ω]が決まる。電気回路の負荷によって、電源から伝送されるエネルギー量が負荷抵抗R[Ω] と特性インピーダンス Zo との関係から決まるとても簡便な関係にある。
負荷係数 α を
R/Zo= α なる関係で捉えれば、
電源から負荷への伝送エネルギー流 δi [J/m] は
δi = δv/α² [J/m]
なる関係で捉えられる。
この伝送エネルギー流の大きさ・数量を測定する技術として電流計が開発された訳である。この電流 I[A] の次元には『電荷』は必要がなく、
I= √(δi/L)^1/2^ [(J/H)^1/2^]
なるエネルギーのジュール値[J]の関係量であったのだ。
電気回路特性は今までのように、『オームの法則』で十分解析できる訳で、何も変わる事は無い。
しかし、『オームの法則』の輝かしい解釈技術と『電子』と言う自然世界に実在しない科学論的仮想概念『電荷』の[C=クーロン]での物理学理論は自然科学論としては、その矛盾から逃れられない運命にある。
この論の基礎は〈資料2〉の1987年4月の発表内容にすべて含まれている。電磁界現象は『エネルギー』の空間伝播現象であり、全ての視点が『エネルギー』一つの物理量から説き起こされる。今までの物理学理論、電気磁気学理論での電界も磁界も空間の『エネルギー』分布の解釈概念量であったのだ。
〈資料〉 電磁エネルギーの発生・伝播・反射および吸収に関する考察 電気学会、電磁界理論研究会資料 資料番号:EMT-87-106 。(1987/10/08)。
〈資料2〉『静電界は磁界を伴う』