タグ別アーカイブ: 柱状節理

石ころに命を思う

(2024/06/10) 追記。
 続いて、石ころ。

  この石ころも同じところに在った。単に巨樹からの化石とは言えない。石質を分析しなくてもその質感と結晶模様から、巨大な魚介類か動物の化石と思う。単に石ころと言っても、その成り立ち、年月を思えば地球の歴史の謎が膨らむ。
更に、単に自然の仕組みでこうなったとは思えない、何らかの人の加工の結果としか思えない形だ。

(2024/05/21).
 何時までも、石頭のままで現状認識の困難な竜宮城の夢を見る。

 この地球はどの様にできたのか?道端に転がる石一つも決して最初から石ころではなかったのだ。石ころの素顔を眺めた。

 新潟県にも、夢の島『佐渡島』が在る。佐渡金山で有名な歴史的自然の遺産だ。先日土の中から転がり出た黄金かと思う光る石ころ。黄金は今も市場価値が高騰している。同じ石でありながら、ダイヤモンドもあれば黄金もある。ダイヤモンドが何からどの様に変化して生まれたか?金鉱石がどの様な物から化学変化によって生まれたかは知らない。一つ例を挙げれば、オパールと言う宝石がある。それはアンモナイトの化石である。自然科学理論の地球物理学の対象であろうが❓近くの山がどの様に生まれたかも余り科学論としての解釈が示されてはいないようだ。

     幾つかのころ石を拾って並べた。何処にでも転がっている石ころだ。しかし、こんな石でもみんな個性的だ。色も、その表面の成分も異なる。このように石ころ一つもその辿ってきた道の歴史が異なっているからだ。

 地球が初めから有った訳ではない筈だ。

 太陽が地球を造って来たと解釈する。ここの土には特別の歴史が残されている。その一つと解釈する石が右の物だ。大きさは長さ30cmで厚み10cm程に形作られた切り石だ。表面には薄いガラス質の膜状の面がある。丁度貝などの化石質のようにも思える。その岩石から何らかの意味でこのような形にして利用したものと考える。何に利用したかは分からない。ただ加工した結果の形と考える。
 植物や巨樹も太陽光線が無ければ育たない。岩石も柱状節理も巨樹の化石だ。その植物で育った動物も化石化して石となる。簡単に自然界の意味を表現すれば、光のエネルギーが全ての質量化して今眼の前に在る。だから質量とエネルギーの等価則 (E=mc² [J] )が成り立つ。川にもその川の特徴の石がある。信濃川の上流には、硬い石で浅葱色の特徴を持っている。それはその石が何からの化石化に因った結果であるからとしか考えられない。石器時代の人々がどの様な生活をしていたか多くの謎に思える。巨木だけでなく身の周りに在る木を利用するにも、鋸がある訳でもなく、鉈がある訳でもない。材木一つを利用するにも、金属が無いから全ては『石器』しか道具は無いのだ。土を起こせば、そこには多くの石器の残骸が出てくる。動物の皮を剝ぐにも『石器』しか道具はない。料理をするにも包丁は『石器』しかない。

 石油・原油が地下深くから採掘される。石炭が巨木の化石化したものだと言うくらいの事は知っている。原油が地下深くに在る意味は、そこに地球の地表が有って巨大な生物・動物あるいは恐竜が繁茂していた歴史の結果と思う。何億、何十億年あるいは何千億年かも知れない、そんな長い時間を掛けて今の地球になった筈だ。

 

 

西部劇と柱状節理

(2021/06/20)。アメリカ西部劇シネマ「戦う幌馬車」(1967年。ロバート・ケネディ―監督)を観た。

ジョン・ウエイン、カーク・ダグラス出演の西部劇映画である。初めから驚く程の柱状節理の巨木の岩石が目に飛び込んでくる。何億年前の巨樹かは想像もできない。その映画の画面の一部を拝借したい。

西部劇シネマ「戦う幌馬車」

テレビで見た。最初から目に飛び込んできた西部の山の柱状節理だ。これぞ地球の歴史の姿だ。柱状節理解釈の地質学会でのメリケン粉式学説はとても専門家的で、信じられない論理だ。この地方がどれ程の巨樹の山の続きだったかと想像が膨らむ。

今日別にテレビで、福井県の雄島の映像も見せて頂いた。福井県は柱状節理、板状節理の化石の上に築かれた地球の歴史を秘めている地方に思える。恐竜の化石もあり、古代の地球の歴史を秘めている。

柱状節理とは何か

(2022/03/31)追記。最近、TVで見た。イタリアの世界遺産でもある、トレ・チーメ・ディ・ラヴァレードだ。真っ白な山全体が正しく柱状節理だ。

(2020/10/05)追記。pc壁絵に、北アイルランド、キャッスルロックが載った。ジャイアンツ・コーズウェイ、それは正しく柱状節理の島と山である。

ここに記す記事は所謂学説に疑問を持っての反論でもある。その基になる記事がある。石の囁き聞こえますか に記した偶然の発見から巨木の化石論に傾倒し、その観点からの観察を繰り返した、その積み重ねがあった。(2018/10/28)追記。奥穂高の山岳は柱状節理ではないか。富士の霊峰を仰ぐ にジャンダルムの壁として引用した。

何も分からず、何にでも疑問を抱く。これは電気現象に懐いた矛盾を研究の場で生かす道が無いため、頭が暇だからなのかもしれない。狭い日本の海岸線などに、多くの柱状節理の場所がある。世界中にその姿を見る事が出来る。学説では、地球のマグマが冷やされて出来たとなっている。その学説を信じるだけの理由が見当たらない。それを信じるには心が受け付けない。余りにも学説が専門業界論に終わり、説得するだけの論理性が見えない。地球の来し方全てに視点を配り、全体像で捉えなければ柱状節理一つの解釈も出来ない筈だ。今回柱状節理についてまた書こうと思った訳は、大分県の耶馬渓から、兵庫県豊岡市の玄武洞・青龍洞、香川県の絹島、北海道の層雲峡・天人峡温泉など多くの柱状節理の姿を見てどうしてもマグマが冷やされたなどと言う学説は信じられない思いからである。特に次の東尋坊の材木岩(グミ島)を見れば、巨木の化石としか考えられない。地球の歴史を考えるには、「水」、「塩」さらに『海』また「植物」その『アミノ酸』がどのように生まれて来たかまで捉えなければ成らない訳であり、それは無理であろう。巨木の化石についても、石炭、その成分の硫黄分が何故多いかなど疑問の山の中での話だから、何も論理の証拠はない。冒頭の庭石の姿(石の囁き・・)からの繋がりでしかないが。

福井市自然史博ー第66回特別展柱状節理の野外博物館 福井県の東尋坊岬は有名な柱状節理の断崖・海岸線である。その中で、越前松島の材木岩(グミ島)とも言われる特徴的な島がある。 『ひとり旅[587]地質上極めて貴重な美しい柱状節理>福井県坂井市 恐竜の化石ともつながり、その柱状節理に圧倒される。(2018/10/28)追記。上の材木岩(グミ島)をはじめ福井県は柱状節理の天然記念物の特別の地域である。学説は巨木説は採っていないようだ。それを確かめるには海底のどこまでその柱状節理で構成されているかも一つの検証になるかと考える。巨木ならその根の張り具合も海底の地底深くまで繋がっている筈だ。掘削による困難を伴う検証には成るだろうが。

石の囁き 聞こえますか

(2021/06/07)追記。地球の生い立ちを問う (2013/08/17) 。素敵な地球の岩石や山の写真集だ。鯨、海洋生物の化石まである。しかし、その岩などはどう見ても古代巨樹の化石に観える。そこには巨樹の化石と言う認識が全く無いように思う。地質学の専門家の解釈が示されている。最近の記事、山が呼ぶ 謎が囁く (2020/12/16)。山と遺跡 (2021/06/06)。

(2020/12/29) 追記。トルコ、ウチヒサール。カッパドキアの住人が住んだ洞窟。それが火山岩の山にと解説がある。とんでもないこれは巨木の化石の山と観る。地球は謎の歴史を積み重ねてきた。

(2020/08/15) 追記。下の追記、ドイツ、カッセルのヴィルヘルスヘーエ公園。ベトナムのヘロン湾。クロアチアのパクレニツァ国立公園。は山の木霊 (2018/12/20) に追記すべきか。山肌に抱かれ、あるいはその威容を遠く眺めれば、きっと巨木の木霊が心に聞こえるだろう。

(2020/08/11) 追記。今日はクロアチアの自然で、パクレニツァ国立公園の山々をみた。この山もその岩肌もどう見ても古代巨樹の化石に観える。世界中が巨樹の化石の山に思えてしまう。

(2020/08/10) 追記。今日壁紙にハロン湾ベトナムとあった。全体が古代の巨木の化石と思う。

(2020/08/02) 追記。ドイツ、カッセルのヴィルヘルスヘーエ公園とレーヴェンブルク城の写真を見た。全体が柱状節理の岩石から出来ているように見えた。山全体がやはり古代巨木の化石に観える。また、ポルトベネーレの海岸(イタリア、リグーリア州)の島も巨樹の化石の山に観える。アルパイア洞窟のお話も知りたい。

(2020/02/13)追記。この輝かしき、色彩を残す宝玉たちよ。昭和62年春と思う。妻と二人で、柏崎市米山の観光土産の店で買った石だ。

IMG_1938

下の化石も同じところで購入したものだ。タイガーアイとアベンチュリンだけは名前がついている。これらの宝玉は初めから石ではなかった。ダイヤモンドも元は石ではなかった。すべては地球の命の営みの中で生まれ変わった歴史を秘めているのだ。太陽の光によって育てられた地球の営みの中で生まれた歴史の重みが光り輝いているのだ。万歳とこのモノたちを讃えよう。=この宝玉たちについて、気掛かりが有る。とても気分が悪いのだ。それは、何故かこの石たちが5,6年前一時見えなかった時があったように感じる。それは、大切な古い年賀状などのファイルが消えた時期と同じように思う。その住所録は紛失したまま二度と戻ってこない。すべての過去の住所が消えた。しかしこの宝玉達はいつの間にかまた戻っていた。取り締まり機関では?と怪しさに=

(2020/5/4)追記。山が何故あるか。どう見ても巨樹との関りに見えてしまう。山の木霊 (2018/12/20) 。

IMG_1542(2017/10/15)追記。中段の写真(2011/07/19日付)の隠された過去。歯並びの口元と観る。どれ程昔の地球上の生物か。どんな石も初めは石ではなかった。障子の桟の升目模様の影が写ってしまった。

(2020/5/20)追記。今日は中国、雲南省の二つの景色に感動した。一つは羅平県の「金鶏峰」などのお椀を逆さにしたような小高い山が点在する風景。更に、シャングリラ県白地村白水台などの異様な自然景観。二つ目は「雲南省石林」と検索すると石林イ族自治県のカルスト石群(世界遺産)である。どれも地殻変動で、海底が隆起したカルスト地形と解説されている。下に記した張家界の巨大石柱林と併せ考えれば、海底隆起によるとは考えられない。アンモナイトの化石の産出は有っても。すべてが古代巨木の化石・柱状節理(木の化石)と思える。(2021/09/11)追記。手元に、(2020/05/20)に検索で得た写真があった。余りにも素敵だ。載せさせて頂く。自然遺産に相応しい、まさに巨樹の化石である。

(2019/01/25)追記。山梨県昇仙峡を知った。こんな巨樹の化石があったとは。水晶はどんな源材からどんな過程を経て生まれたのか。同じ山梨県で、石に宿る古代真の面影 (2014/11/17)。

(2019/01/18)追記。山の木霊にも追記した。NHK録画 “絶景 巨大石柱林~中国” を見た。検索した、中国・張家界の巨大石柱林をテレビで観て~驚きと感動そして・・(//blog.goo.ne.jp/yamada・・)を見て更に驚いた。九州の同じような状況が載せられている。益々巨樹の化石が現実的になって来た。

(2019/01/07)追記。 元旦の朝NHKの放送で、熊野古道の話題があった。山全体が火山に関係ない成り立ちの信仰の山のようだ。那智の滝を見てその岸壁が正しく柱状節理であることを知った。山が何故出来たかは地質学の学説の解釈が示されている。しかし、どうも古代の地球生成に関わる時代の巨樹が化石化したという解釈はどこにも見えない。身近に転がっている石ころ一つもそれは初めから石ころではなかった。土が石になったとしても、その土は最初から土であった訳ではない。地球は変化・形成する過程に最大の関わりを持ったものは太陽と植物以外他には無い。水も植物無しに決して創れないと考える。その事から巨樹と山の岩石の関わりを想像する時、決して地質学の解釈では納得できない思いが強くなる。古い本、地学ガイド 新潟の自然 地学団体研究会新潟支部編 新潟日報事業社 を見つけた。中はとても貴重な写真資料が満載である。どれを見ても考えさせられるものばかりだ。p.240 の50m惣滝やp.242 の55m苗名滝すべてが那智の滝と同じ柱状節理ではないか。と言う事は滝の水源はどこか、何かとまた謎になる。この地学ガイドはこれからの楽しみの基になるようだ。地学ガイド 新潟の自然に感応して

(2018/12/10)追記。上の化石の生物の正体は何かと考えたとき、その断面の全体像を示していなかった。今世界遺産の山岳(ドロミテの灯台)等の自然の姿に接して、再び山に思いが行き、世界の最高峰エベレストが大陸の衝突により出来たという学説が信じられずに思いが彷徨っている。大陸の衝突で、泥でなくあれ程の岩石の威容を成すとは信じられない。そんな思いの中で不図気付いた。

全体の透かし像 表面の体表のすぐ内側が透明な化石である。吊り下げて撮ったので上下反転した。どんな生物か?外側は以前、不注意にも厚紙で保護してしまった。この化石は、多分昭和62年春大学騒動の意味も知らずに、家族で出かけた柏崎米山の土産屋で購入したものと記憶している。何か因縁めいた化石のようだ。寸法は長径11.5cm×短径9.8cm程である。

(2018/11/07)追記。二つの件を記す。一つは少し前になるが、9月のNHKスペシャルの放送。孀婦岩(ソウフガン)の探検の話があった。突き出した細い岩の下が海底で平たんになった巨木の痕跡に思える形であった。もう一つは、或る新聞社の今年のカレンダー11月で、新潟県津南町の秋山郷の河岸段丘が巨木の痕跡に見えた。知らなかった、中津川の石落としの眺めは正しく柱状節理である。その一帯秋山郷は巨木の化石帯と観る。

(2017/12/21)追記。今日、ある雑誌で本州最南端の和歌山県串本町の海岸に天然記念物になっていると言う橋杭岩のある事を知った。橋の杭が850mの長さに繋がっているように見える。海中に立つ正しく木の杭である。地下から上昇したマグマが固まって出来たと解説がある。申し訳ないがその説は信じられない。それはハッキリした木目の化石じゃないですか。橋杭岩(和歌山県串本町)

(2017/11/10)追記。置けば邪魔物と言われる石がある。手にしてみたら割れた。泥岩の中は薄い茶色の層を成している。意味が無いかもしれないが載せる。

IMG_1571

IMG_1572泥岩の中の層 この層が薄い何層かに成っているようだ。

佐渡の島には特有の赤玉石が有名だ。佐渡島に対する弥彦の野瀬海岸で拾った石がある。

IMG_1574赤玉石 10㎝にも満たない小さな石だ。佐渡は金山・銀山でも有名だ。金や銀が始めから金・銀であった訳ではない。何かの物質が元素変換した結果である。この赤玉石もこの色合いと硬度に成るにはその由来を秘めている。地球の生きた活動の結果生まれた今の石の姿である。見えるもの 見えないもので、隠れた見えないものに思いを寄せれば、哲学に成る。(2018/11/28)追記。赤玉石の記事佐渡赤玉石に連想がある。

秘めた来歴

IMG_1575  ❓何が削除されたのか❓

水晶のような透き通った石。硬くて火打石として火花が出るだろう。

IMG_1576

拡大。この透き通る化石化の基の物体は何だったのだろうか。下側は表層を成しているように見える。これも生物が先祖の化石かと考えてしまう。どんな熱エネルギーと圧力エネルギーに因って化石となったか。この足元の地球には見えないもののロマンがいっぱい詰まっている。

(2019/08/18)追記。2年前に比べて更に風化が進んだ。

(2017/10/27)追記。庭の縁石を見ると風化が進んでいる。

石の風化石の風化 触ると崩れる。今まで気付かなかったが、これは木の化石である。木目で割れると観る。気付くのは一瞬の何かが石との間に働いたからのようだ。また戯言と顰蹙(ヒンシュク)を買いそうだが、間違いない。IMG_1555拡大図。

(2013/09/17)追記。再び巨木の化石化について記す。2013年9月13日、Bing検索背景の壁紙に西オーストラリアのカリジニ国立公園の風景があった。その岩石の層は間違いなく古代巨木の倒壊した化石である。岩石の元が樹であるとの認識が一般にない。火山噴火による溶岩は板状節理などには成らない。樹が石になったと言う認識は、せいぜい『石炭』くらいの事しか認識していない。糸魚川には『翡翠』の岩石が出る。信濃川には、硬い金剛石のような『浅葱色』の石が信濃川の特徴の一つになっている。川にはそれぞれの石、あるいは土壌に特徴がある筈だ。石が何から変化したかに疑問を持つ事が自然科学の有るべき視点と考える。動植物の化石には関心があるが、石に対しても関心を持って欲しい。

アンモナイトとオパール(2018/06/11)追記。今年も先日ハイブでの骨董市でアンモナイトのオパール化したものを多く見た。その店主の話で、50センチもあるアンモナイトの化石化したオパールもあると聞いた。 (2017/05/25 追記) 先日骨董市でオパール化したアンモナイトの化石を見た。アンモナイトが宝石オパールの基の一つであることは確かだ。化石と硯に示した硯の化石はどんな虫であったかも不思議な謎になる。

(2013.08.29)追記。地球の生い立ちを問う で、地球の遠い過去の姿を想像して興奮に包まれた。今日また新しい姿を知った。豊岡市の玄武洞である。その岩山と洞窟が一体構造をなす巨樹の化石に見えるではないか。似たような玄武岩の名所に、京都府天田郡夜久野町にも、やくの玄武岩公園があることを知る。その柱状節理は地球の至る所に見られる岩石の姿である。専門家による学術論的解釈には、決して植物・巨樹の化石などと言うものは無い。しかし、どんなにそれらの岩石を眺めても、地球の火山噴火や地殻変動により、木目状の岩石が造られる等と言う過程を想像することは出来ない。板状節理、柱状節理も同様に、地球が地殻変動を起こしたと考えても、その地球の表面の土壌がどのような物であれば様々な木目や、板状節理の形状に変換されるかを想像することが出来ないのである。古代の地球の姿の美しさを、どうしても巨樹の緑で覆い尽くした姿で捉えてしまうのである。緑は生命に優しい。いのちの心を豊かにする。巨大さは恐竜の化石として確認出来る。巨樹もその巨大さで捉える必要がある。今地球は人間によって、いのちのみすぼらしい貧弱な姿に変えられてしまった。心を病む生命全体を破壊し尽くさなければ気が済まない如くに、人間の欲望が暴走しているのである。神はその未来を予測してこの地球上に人間を作りだしたのだろうと思う。再び新たな地球を蘇させる時間の仕掛けを、人間に託したとしか思えない。『原子核兵器』を手放せない人間である事を自然の神は見越しているだろう。自ら自分を破壊するまで。昨日「クロ源」で海水温の上昇の問題を取り上げていた。何時か『魚・海洋資源』が絶滅して、人間が食べられなくなる時が来るのは間違いない。人間の欲望ほど恐ろしいものはない。

(2013年7月19日追記) 先日Bingの壁紙絵のDevils Towerに惹きつけられた。その聳え立つ大岩は根元の盛り上がりと合わせて、まさしく探していた巨樹の化石の見本と感じた。誰も岩石が樹木の化石とは見ていなかろう。この標題(石の囁き 聞こえますか)で世界の隠れた秘密を伝えたいと記事にした。恐竜の住んでいたこの地球の姿を誰も知らない。恐竜の想像の世界を表現した映像を見る事がある。その映像に違和感を禁じ得ない。それは植物も無い表土に生活する無色の恐竜の想像図である。そんな世界に恐竜は生きられなかろう。限りない豊かな巨樹の森と多様な動物が溢れた世界と考える。その巨樹の森があったから、豊富な石炭層ができ、動物が石油となったと理解する。

瑞牆山(ミズガキヤマ) デビルスタワーに次いで、テレビでちらっと見た映像に惹かれて調べた。秩父多摩国立公園に、瑞牆山(2230m)その山頂の岩石、大鑢岩あるいは桃太郎岩など実に奇岩と言える大きな岩の姿に驚いた。その巨岩群はどのように生まれたと、その歴史を地球物理学で解釈しているか。その山は火山性なのかどうかを知らないが、地球の古い過去の姿を想像する事は、足元であればなおさら、宇宙を考えるよりワクワクする魅力が潜んでいる筈だ。ダイヤモンドも金塊鉱石も自然の生命が化石化したものであろう。鉱物も生物もその起源はすべて同じものから変遷を経て、輪廻する過程の姿であろう。何も人間は分かっていないと思う方がより正しかろう。雷の正体が水蒸気でしかなく、電荷(嘘概念)などは関係ないのだ。

(2012年9月22日追記) 前回と同じカレンダー(東北電力保安協会)の9月の写真がやはり石である。それは岩手県の三ツ石山と言う、岩手県の県名の由来をも秘めた有名な石らしい。その写真の手前側にある、比較的低くて、広がりを持った石がとても気になる。その石も丁度大木の切り株のように見え、年輪がそのまま化石化したような姿をしている。勝手な想像で誠に申し訳が無いが、どう見ても大木の年輪の化石に見える。高い山の山頂にある石であるから、前回の青森県の仏が浦の海岸とは違う。しかし地殻変動はとんでもない事を引き起すと考えられる。ヒマラヤ山麓から海のアンモナイトの化石も出る訳だから、高さは気にしなくて良かろうと勝手に解釈する。

(2012年8月5日追記) 昨日或るカレンダー(東北電力保安協会)の写真を見て引きつけられた。青森県下北仏が浦の写真である。とても不思議に思えたのは、垂直に立ち上がる黒い岩の海岸の景観である。垂直に立ち上がる岩盤層は何処にでも見られる物だ。地殻変動による隆起現象に基づく結果の地形と解釈されている。私がどうしても異論を唱えたくなるのは、単調な学説に満足出来なくなるからである。大木の年輪をそのまま残した黒い化石状の岩石が映っている。古生代の植物が如何なる物であったのかと空想するのである。先ず、恐竜の巨大さは化石として発掘されているから、理解出来る。しかしその色合いがどんなに豊かな造形や色彩かは分からない。あの巨大な動物の生命を支える食物連鎖は、今我々が想像する事の出来ない程の豊かさであったと考えなければならない。あの恐竜が生息するに適した植物の景観を想像すれば、並みの樹木、森林では無かったと考える。大ジャングルを構成する樹海が繋がっていた筈である。青森県の仏が浦の岩石を見て、巨木の化石ではないかと思うのだ。並みの樹木が地殻変動で地下に埋没されたとしても、石炭層鉱脈が構成されるのは無理と考えたい。どんな樹海が、どんな巨木がと考えると、今は何と貧弱な植物生態環境に成ってしまったのかと落胆する。こんなとんでもない事を想像するのも許されよう。以前から思っていた事である。古生代の巨木はその直径20、30メートルの物が有ったのではないかと。

(2020/02/29)追記。以下が最初(2011/07/23)の投稿記事である。以前の『詩心 乗せて観世の 帆掛船』の冊子(第三部30号 1999/11/11の記事)の形態で、必ず最初に詩文から始まった。冊子では、写真ましてやカラー写真等載せられなかった。pcでのブログで初めて写真がその内容に強い威力を発揮できるようになった。その古い記事を見て、「石は初めから石ではなかった。」の言葉が今も生きていると不思議な感慨を覚える。

石を讃えて 言葉に尽くせぬ

その風貌と質感の如何にも男性的な

その重く動ぜざること冷たき威圧感

その生れこし由来隠してそこにもここにも

何気なき形と姿を有るがまま 何も語らずただじっと有る

宝石と持て囃されるものも有る 道端で踏み潰されるものも有る

石に価値の差はないに 人間どもに差を付けられて

それでも じっと有るがまま   己卯(1999) 立冬(11月11日頃)

『詩心 乗せて・・』第30号の『石』に関する記事の再編である。

左の写真はある石の切断片を何処か旅先のお土産屋(1987年5月柏崎米山のお店で購入。何か人生のお土産に神が授けてくれた宝石であったかも知れないと、今2020年3月に感慨を覚える。冒頭の石と同じ時の物。)で購入したものである。長径が12cm程の切断面である。どれ程の物でも無いが、中々気に入って飾りにしている。さて、何が言いたいかと言うと、この石は何から出来たのか、その由来に惹かれる。石は最初から石ではないのである。ダイヤモンドも水晶も、琥珀(松脂から)もみんな何かから地球の営みの中で出来たものである。上の一枚の写真を見て、その色の配分と中心対称模様が興味をそそるのである。竜宮城の乙姫様にでも、お会いできれば、教えて貰えるかも知れないが、無理であろうから、想像で解釈せざるを得ない。基本的には、古代の『生物』例えば亀や貝類が地熱の影響で変成したと考えたい。圧縮された物は化石として、その形態が残る為、原生生物の謎が判明するが、熱変換されれば、基の姿は見え難くなる。トパーズ、アメジスト等いろいろの宝石が有る。河原に特有の石もその川の特徴を示している。(2017/10/14)追記。上の写真がピンボケであるので撮り直した。IMG_1540日の光を通して写した。中心部の青の色とその模様は何を物語るか。どんな貝の化石かと想像してしまう。宝石もこの石も基が在り、過去を物語るために今ここに在るのだ。石は初めから石ではなかった。45億年で語れるのかと科学の意味を思う。(2017/10/15)また追記。昨日の写真は裏側の写真であった。元の2011年の写真を良く見ると、歯のような物に見えた。次の写真を撮った。

IMG_1552どう見ても貝類の歯並びに見える。また予想が的中した感覚だ。

信濃川の上流には『浅葱色(アサギ色)』の個性的な表情をした石が多い。金剛石のようにとても堅い石も多い。川それぞれに石の表情も異なるのである。ここに示した石は自分の故郷の河原(信濃川)から無造作に拾った物の二つである。浅葱色とは、如何にもネギ色で、昔の人の色感覚と表現力に感心する例にも成る。

 私が、『石』に特別に興味を抱いた原因となる思い出が幾つか有る。街の『骨董市』での様々な石の売り物の展示品が有った。しかし決定的に『石は初めから石ではなかった』を気付かせた偶然の石との出会いが有った。平成6年7月であったようだ。或る大きな庭石の置き場に出くわした。そこには、でっかい造園用の石が数多く無造作に置いてあった。その内の一つの大きな石に目が止まった。その石の表面の規則的な波状模様に引き付けられ、じっと注視すると、その表面の一部に気掛かりなところのある事に気付いた。その部分だけ色が異なる茶色で有ったからである。近付いて良く見ると、それはどう見ても木の肌としか考えられなかった。それが左の写真である。その木肌の拡大が右のサムネイルである。そこで、私の背よりずっと高いその石の上に登り、その石の波状模様の正体を確認した。それが右の写真である。予想の通り、石の上の断面の模様は明らかに『木の年輪』以外に考えられないものであった。そこには他にもその類の大石が多くあった。みんな同様に、大木が石に化石化したものと思える。こんな大きな石で、樹木の木目がハッキリしている物に出会わなければ、中々このような記事に断言できる事には成らなかっただろう。偶然の自然との出会い、一瞬に過ぎゆく時間の中に、驚きの秘密が笑顔で微笑みかけている事に改めて感謝すると同時に、見過ごす事の一瞬が恐ろしくもある。

丁度その年(平成6年)の秋に、新潟県塩沢町の『雪国奇木館』に立ち寄った。入ると大木の磨かれた切り株が、デンと迎えてくれ、その大樹が恐ろしい程の地球の生命感で人を威圧している。そこには奥まった隅にひっそりと、「蝦蟇仙人像」の彫刻が有る。私のとびきり惚れた彫刻である。そこで見た大木が石に成るとどうなるかと想像に結びついたのである。それが大木が石に成るとの解釈に一つの『石』の由来が見えたと言える。

 『紫水晶』が有る。それもとても不思議な形状をしている。骨董市には、よく出会うものである。大きな紫水晶の原石とも言えるものであろうが、その形状、外観は大きな一体構造(高さ1m、外径40㎝位)の岩石で、外側は黒っぽい色で、その内側にびっしりと紫水晶の結晶が中心に向かって形成されている。それは一体何がそのような物に変換されたのかと未知の自然の姿に敬いと驚きを禁じ得ない。石や宝石は初めからそれではなかった。その由来の不思議が足元に広がっている。自然科学は数式では捉えられない不思議がほとんどである。『ダイヤモンド』、その結晶構造に秘めた不思議が科学の『原子理論』を解きほぐして欲しいと叫んでいるように聞こえる。ー追記。こんな単純な疑問を基に、炭素結合の秘め事 での分子結晶構造論にまで展開した(2012/08/03) ー。それは『電荷概念』からの解放への願いに聞こえる。電荷棄却の電子スピン像と原子模型 日本物理学会講演概要集 第64巻2分冊1号 p.18 (2009) に共有結合の意味に触れた。

(2018/08/24)追記。 この記事が多く読まれて有り難い。関連記事で富士の霊峰を仰ぐ もよろしく。奥穂高の山が柱状節理とは不思議だ。